会社員ライブラリー

しがないサラリーマンの書評やエンタメ鑑賞の記録

【書評】読書を阻む原因は「ノイズ」にあり――『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

 本を読みたいのに、ついスマホを触ってしまう。多くのビジネスパーソンがこうした経験をしているはずだ。「そもそも本を読まないんだよなぁ」と言うならば、「本」を別の文化的あるいは趣味的な活動に置き換えてほしい。「資格取得に向けた勉強」「スポーツ」「料理」「旅行」「創作活動」……これらと労働をうまく両立させているビジネスパーソンは少数派で、大多数は仕事の疲れが原因で余暇の時間を有効活用できていないのではないだろうか。

 もしスマホと向き合う時間を、自分のやりたいことに費やしたいのならば、本書は一つの指針となるだろう。

 とはいえ、本書は即効性のある解決策を伝授してくれるわけではない。「デジタルデトックス」や「質の高い睡眠のとり方」といった、インスタントな対処方法を期待しているとしたら、すぐさま別の書籍や情報をあたるべきだ。

 本書の勘どころ、それは現代のビジネスパーソンが抱える労働上の問題点を、日本の読書史と労働史を総覧しつつ指摘し、その上で、働きながら読書ができる社会をつくるための提案を行っているところにある。

 サラリーマンという身分が戦前に誕生してから現代に至るまで、労働と読書は密接な関係にあり、その位置づけは教養を身につけるための手段から、自己啓発を促すための情報を摂取するツールへと変わっていった。そして、情報社会のさなかにある昨今、情報は書籍ではなくインターネットから手軽に得られるようになった。

 この「手軽」という要素がポイントだ。インターネット上の情報は、前提となる知識や社会の文脈といった複雑な情報が排除されている。一方、読書はこの真逆で、知りたい情報はもとより、それに付随する補足的な知識が嫌でも目に留まってしまう。インターネットで得られる情報と読書で得られる情報の違い、それは自分が求めていない情報=ノイズの有無にある。そして、ノイズが除去された状態で情報を受け取れる簡便さと、多忙を極めるビジネスパーソンのライフスタイルが合致したところに、読書と労働の両立を阻む原因があるのだ。

頑張りすぎない社会へ

 情報を手軽に摂取できる現代で、読書はいかなる価値を持つのか。その詳細は本書に譲るとして、最後に著者が本書で論じた提案について触れたい。この本の議論を踏まえて著者が行った提言、それは「全身全霊をやめる」ことだ。

 現代のビジネスパーソンは、自己責任と自己決定を重視する新自由主義の構造のもと、”自ら”市場競争に参加させられていると著者は指摘する。新自由主義社会は人々が「頑張りすぎてしまう」構造を生み出しやすく、これが長時間労働の温床となっているのだ。こうした現在の労働体系を「全身労働社会」と定義し、著者は適度に労働にコミットする「半身労働社会」という仕組みを提示する。

 半身労働社会では、例えば男性雇用者5人で行っていた仕事を、人種・年齢・ジェンダーの多様な10人で分担する。こうすることで、週5日+時間外労働という負荷の大きい労働体系を是正し、余った時間を読書などの文化的な生活に充てられるというわけだ。かなり大胆な提言だが、一考の余地はあるように思う。

 ところで、本書は2024年4月22日に発売されたが、私が入手したものは5月19日に発行された第3刷だった。わずか1カ月の間で2回の増刷。まさにベストセラーである。

 本書の売れ行きからは、労働と読書を両立させたいビジネスパーソンの強いニーズが察知できる。そして、本書を手に取った多くの読者が半身労働社会のコンセプトを理解すれば、一見ダイナミックに映る著者の提案も、実現可能性を帯びてくるのではないだろうか。