会社員ライブラリー

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【書評】「ポスト産業資本主義」時代における会社の在り方――『会社はこれからどうなるのか』

 重厚長大型の産業資本主義は耐用年数をとうに過ぎ、日本社会は差異を意識的につくり出すことで利潤を生みだしていく時代――ポスト産業資本主義の時代にシフトしている。ポスト産業資本主義の社会では、他社製品/サービスとの間にはいかなる差異があるのかという「情報」が価値を持ち、これに付随して、情報を処理する技術や伝達する技術の開発が促され、商品化されていく。

 すなわち、ポスト産業資本主義の社会ではヒトの知識や能力といったおカネで買えないものの重要度が高まり、これらを伸ばすことで他社が容易に模倣できない独自の差異性が生み出され、より多くの利潤を獲得することができる。したがって、ポスト産業資本主義を生き抜くには、独自の差異性を創造し、維持・拡大していくための取り組みが不可欠になるのだ。具体的には、他社との差異を絶えず生み出す個性的な組織を築くために、その組織を構成するヒトのスキル定着/スキルアップに力を注ぐ必要がある。こうした人的資本への投資が、会社の命運を左右するというわけだ。

 独自の差異性を創造、維持、拡大できる個性的な組織は、そうでない組織に勝る――。これは、大量の資金を調達して大型の機械設備を導入し、商品を大量生産することで利潤を得ていた産業資本主義時代のセオリーとは180度異なる考え方である。

ポスト産業資本主義の到来

 本書の主張を要約すると、おおよそ上のような形になるだろう。分かりきったことだ。何を今さら……。と、見くびることなかれ。本書の初版発売日は2003年2月(平凡社ライブラリー版はリーマンショックから約1年後の09年8月に刊行)。つまり、デジタル技術が日本社会に浸透する以前に、来るべき情報社会とそれにふさわしい人的資本戦略について提言していたのである。

 その後、日本はインターネットを中心としたITインフラが整備され、日常生活を送るうえでデジタル技術の利活用が欠かせなくなった。今やDX(デジタルトランスフォーメーション)が生産性向上に必須の考え方として錦の御旗のごとく掲げられている。

 人的資本についても同様だ。2018年にISO(国際標準化機構)が世界初の「人的資本に関する情報開示ガイドライン」であるISO30414を公開し、20年にはSEC(米国証券取引委員会)が人的資本に関する情報開示をルール化した。国内に目を向けると、21年6月に施行された改訂版コーポレートガバナンスコードによって、人的資本の開示等に関するルールが設けられたことを機に、日本企業も「人的資本経営」の名のもとに、従業員のスキルや生産性の向上等に着手するようになった。上で述べた人的資本投資の具現化である。かように、著者の予想した未来はものの見事に現実となったのだ。

 他社との差異を絶えず生み出す個性的な組織を築くために、その組織を構成するヒトのスキル定着/スキルアップに力を注ぐ必要がある――。平成中期に提示した著者の主張は、令和を迎えた今もなお、色あせていない。