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【書評】ニュートラルな視点で世界を見つめる――『成瀬は信じた道をいく』

 完全無欠で唯一無二――。あの成瀬が帰ってきた。本作は昨年3月に出版された『成瀬は天下を取りにいく』の続編である。

 『成瀬は天下を取りにいく』は滋賀県大津市在住の中学生・成瀬あかりとその周囲の交流を描いた短編集で、発売からわずか1年で10万部を突破。第20回「女による女のためのR-18文学賞」で大賞・読者賞・友近賞を、「BOOK OF THE YEAR 2023」(ダ・ヴィンチ)で小説部門第1位を受賞したほか、さまざまなブックアワードで表彰されるなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで支持を集めている。著者の宮島未奈氏はこれがデビュー作だというからすごい。

 同書がこれほどまでに支持されているのはなぜか。魅力的なキャラクターが数多く登場すること、舞台である滋賀県の魅力をうまく描いていることなど、さまざまな要因が考えられるが、個人的には「信じた道」をまっすぐ突き進む成瀬の姿勢が、多くの読者を惹きつけたように感じる。

 成瀬の行動原理はシンプルだ。ただひたすらに「信じた道」を突き進んでいる。「天下を取る」「200歳まで生きる」といった突拍子もない発言も成瀬からすれば本気だし、「実験」と称して坊主頭にしたのも、中学生ながらM-1グランプリに出場したのも、すべて成瀬の「したいこと」を実現したにすぎない。良く言えば行動や発言にブレがない。悪く言えばエキセントリック。そしてその特異さゆえに、成瀬は周囲から奇異の目で見られてきた。集団の中で浮くこともしばしば。仲間外れにされたこともあった。

 自意識が繊細な中高生の頃は、とかく周りの目を気にして集団に同調してしまいがちだが、成瀬は全く意に介さない。周りに流されず、ただ自分の信じた道を行く。すると、次第に成瀬の周りに人が集まるようになる。それは成瀬の飾らない人柄への好感であり、安易に集団に同調しない姿勢に憧れのまなざしが向けられている何よりの証明だろう。

 じわじわと支持を集める成瀬の一挙手一投足は「出すぎた杭は打たれない」の好例であり、多くの読者を魅了した一番のポイントでもある。

ひたむきに「信じた道」をいく

 さて、本作である。前作では中学・高校が舞台だったが、本作では高校卒業前から大学にかけてと時間軸が進んでいる。大学生になったことで行動範囲や交流の幅が広がったが、その価値観や行動原理は一切変わっていない。そんな成瀬の「信じた道」を行く様を描いた短編が5本収録されている。

 白眉なのはアルバイト先での交流を描いた「やめたいクレーマー」だ。主婦の呉間言実はどんな小さな不満も「お客様カード」に子細に書いて投函する、いわゆる「クレーマー」である。カードに自分が抱いた不平不満を事細かに描くことで、日頃のストレスを発散している。

 そんな言実に注目したのが、平和堂フレンドマート大津打出浜店(モデルはおそらく大津テラス店)でバイトをしている成瀬だった。成瀬は言実の「些細な点にも目が行き届く」ことに着目し、頻発する万引きの防止に協力してほしいと願い出る。

 接客業にとって言実のような人物は厄介な存在でしかない。指摘した内容が仮に店のミスや過失によるものであればまだしも、言実のそれはいちゃもんの域を出ていない。そうなると店側としてもなるべく穏便に、かつ腫れ物に触れるように扱いがちだ。しかし、成瀬はこれまで投函してきたカードから言実の性格や観察力を見抜き、万引き犯の確保の協力を依頼したのである。言実も最初は乗り気ではなかったが、成瀬が見抜いたように子細に目を配るスキルが、やがて万引き犯の摘発に役立つことになる。

 人が他者と接するとき、どうしても無意識の偏見や先入観が働きがちだ。些細なことでいちゃもんをつけてくるから、きっと性格が悪い人間なんだろう、といったように。しかし、成瀬の場合こうしたバイアスは働いていない。むしろ、その人の特徴や技能、置かれた境遇を純粋に捉え、尊重する。実際に、言実も成瀬との交流を経て、自分自身の行動を顧みるようになる。 

 周りに流されない、同調しない、我が道を行くと聞くと、どうしても孤高で近寄りがたいイメージがまとわりつくが、成瀬の行動や発言にネガティブな要素を感じないのは、フラットでニュートラルな視点で物事を捉えつつ、相手を尊重したうえでコミュニケーションを取っているからだろう。

 智に働いても角が立たない。情に掉さしても流されない。意地を通しても窮屈でない。そんな成瀬に対し、周りも一切余計な気を遣っていない。皆が皆、自然体でいる。とかく人の世は住みづらいが、成瀬を中心に構築されるコミュニティーには、そんなネガティブ要素は感じられない。

 もちろん、成瀬はこうしたことを意図ながら行動しているわけではない。成瀬は、ただ純粋に「信じた道」を突き進んでいるだけなのだ。

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