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【書評】「居場所」をめぐる少女の物語――『マウス』

 本作は「居場所」をめぐる2人の少女の物語である。空気を読みながら自らの居場所を作ろうと躍起になる律。クラスになじめずどこにも居場所がなかった瀬里奈。お互いにスクールカーストの下層に属していたものの、律が仕組んだある出来事をきっかけに、瀬里奈は一躍クラスの人気者になる。
 子どもにとって学校、とりわけ学級は社会の縮図だ。そのクラスになじめるかによって、その一年間が明るく楽しいものか、辛く厳しいものかが決まると言っていい。特に物心がつき始めると運動神経の優劣、性格、容姿などからクラス内で序列が形成される。一度形づくられた序列はよっぽどのことがない限り崩れることはない。スクール"カースト"と呼ばれる所以がここにある。小学5年生にしては思考が打算的すぎる気がするにせよ、自分と似たような性格の友だちとつるみ、居場所を作ろうとした律の行動は理解できないものではない。
 一方の瀬里奈は友だちが一人もおらず、ささいなことを理由に号泣することから、クラスメイトから腫れ物を触るような扱いを受けてきた。が、ある日、律が『くるみ割り人形』の物語を瀬里奈に読み聞かせると、性格が一変。これまで自分を虐めてきた男子生徒に反撃し、クラスの中心にいた女子生徒と活発にコミュニケーションを交わすなど、まるで別人のように変わった。その後も瀬里奈はことあるごとに『くるみ割り人形』を読み、気高い自分を"演じる"ようになる。
 そして数年後、大学生となりファミレスでアルバイトに励む律は、バイト先からの帰り道で瀬里奈に再会する。2人は再び交流を始めるのだが、やがて律は瀬里奈に対して嫉妬の感情を抱くようになる。
 成長しても律の控え目な性格は変わっていない。大学生活は満喫できていないようで、ファミレスバイトの時間が唯一「社会にフィットしている感覚」が得られる(このあたりの設定は芥川賞を受賞した『コンビニ人間』を連想させる)。一方の瀬里奈はコンパニオンのアルバイトをしていた。今でも『くるみ割り人形』を読むことで社交的な自分を演じているようだが、本質は変わっていない。再会後は律のバイト先に客として来店するようになったが、そのときの雰囲気は小学生のころの暗くおとなしい瀬里奈だ。そんな彼女を律は否定せずに受け入れ、瀬里奈も「ここに来ると、安心する。息つぎ、してる感じがする」と、本来の自分が出せる「居場所」と言わんばかりに通いつめる。

居場所を探す律/居場所を与えられる瀬里奈

 このように本作では、「自らの居場所をなんとか確保する」律、「周囲から居場所を与えられる」瀬里奈という構図が全編を通して貫かれている。前半はクラスのポジション取りに思考をめぐらせる律と、『くるみ割り人形』を与えられたことでクラスでの居場所を確立した瀬里奈。後半はバイト先のファミレスに居場所を見出す律と、「息つぎしている感覚が得られる場所」を律から与えられる瀬里奈、といったように。
 そして、律がこの構図に自覚的になることで、やがて瀬里奈との距離が生じてしまう。実は、バイト先になじんでいると思っていたの律だけで、バイト仲間からは「仕事に厳しい」と恐れられていたのだ(このあたりの設定も『コンビニ人間』に通じる)。思い返せば、小学生時代の友だちとも、おとなしいという性格が一致していただけで、決して仲が良いわけではなかった。自分がどれだけ頑張っても得られなかった「居場所」を、瀬里奈は他者から易々と与えてもらっている。物語終盤、律は瀬里奈に対して感情を爆発させるのはそのためだ。
 律、瀬里奈の心情の変化、そして思春期特有の自意識過剰さが非常に繊細な筆致で描写されている。著者の他の作品に比べて皮肉や風刺は薄味だが、秀作である。